神出病院の虐待事件に対する緊急声明
精神障がいのある方、そのご家族、支援者は、今回の事件を知って辛さ、悲しみ、怒り、憤り、戸惑いなどいろいろな感情を抱いている事でしょう。事件について、自分の感じていることを思い切って周囲に伝えてみたものの思うように通じない、事件のことを誰にも言えずにひとりで悶々とする、そのような人たちがたくさんいると想像します。まず、これを読まれているみなさんが感じていることは間違っていませんし、きっと正しいことだと私たちはお伝えしたいです。
また、精神障がい者やその家族など多くの方たちも事件を受け、精神科医療そのものへの不安や憤りを感じています。それは当事者に留まらず、広く日本国民にとっても、精神科医療に対する多大な不信を招く事件と言えます。
神出病院の他の入院患者に被害がないのか、調査することが必要です。報道によれば、容疑者が別件で逮捕されたために事件が発覚し、それまで病院は事件を把握していなかったといいます。また、未だに管理者である院長と兵庫錦秀会・理事長からの説明がありませんので、神出病院や兵庫錦秀会に、実態把握と再発防止を委ねることには不安があります。昨年11月に行われた、保健所の調査においても事件が発覚しておらず、行政の調査にも不安があります。今回の事件の他に、虐待やそれに近い行為が見過ごされている可能性は否定できません。新たな入院を停止し、入院患者の退院、転院によって安全を確保し、事件被害者以外の入院患者へ被害がないか外部の者による調査を望みます。同様に入院患者へのこころのケアが必要ではないでしょうか。
私たち精神障がい者ピアサポート専門員は、当事者でありながらも同じ仲間のリカバリーに伴走したいとの想いで、精神保健や障害福祉の分野において日々支援に従事しています。ですので、一当事者としても支援する立場としてからも、今回の事件は怒りや憤りを感じます。一方で、支援現場においては、もちろんより良い支援を行おうとしている職員が多い中、利用者や患者に対するからかいや悪ふざけが一部あることも、残念ながら事実なのだと思います。そのような現場で働く精神障がい者ピアサポート専門員の中には、自分にはからかいや悪ふざけを防止しきれなかったときに、自分は仲間の役に立っていないのではないかと思い悩む者もいます。今回の事件について、憤りや怒りの気持ちを抱きながらも、同じ業界にいるものとしてとても申し訳ない気持ちになります。障害の有無を超えて、同じ職種として、同じ支援者として、事件を止められなかったのだろうか、なにかできなかったのだろうか、と思い悩む人もおられると想像します。その悩みは当然の悩みです。私たちも一緒に考えることができればと思います。
こういった事件は、容疑者個人の問題ではなく、密室性の高い精神科病院だから起きやすいのではないでしょうか。私たちの中には、精神科病院に入院経験のある者が少なからずいます。職員が患者をからかうなど、悪ふざけする光景を目の当たりにしたことがある人もいます。
そのため、容疑者が「患者のリアクションが面白かった」と話していることを容疑者や神出病院の特異的な問題としてしまうのは、きっと誤った認識なのではないだろうかと感じ、根本には現在の日本の精神科医療等における構造的な問題があるのではないだろうかと、非常に憂慮しています。
精神科病院では、患者の外出制限はあたりまえにあり、家族の面会が制限されることも珍しくありません。外部の目が行き届かない密室は、職員のからかいや悪ふざけ、ひいては虐待への歯止めがかかりにくい環境なのではないでしょうか。そう仮定したときに、精神科病院における権利擁護は、既存の仕組みだけでは不十分なのではないかと考えます。
私たちは、神出病院の入院患者が安全で安心できる状況なのかどうか、ケアに携わる医療従事者が安心して働ける状況なのかどうかに関心を寄せています。報道の内容が事実であるならば、安心できる状況になるまで、神出病院への新規の入院停止、入院患者の退院転院、入院患者へ被害がないか外部の者による調査を求めます。入院患者と医療従事者に対して必要なサポートが図られるよう希望します。
私たちは、精神障がい者ピアサポート専門員など精神障がい者を含めた外部の者が定期的に病院を訪問する仕組みやアドボケイトの検討を求めます。透明性の確保は医療の質の向上と患者の権利擁護の双方に資すると考えます。また、医療機関における入院患者の権利擁護について、虐待の通報やその他対応を含め、さらなる在り方検討の必要性を訴えたいと思います。
私たちは、より良い精神科医療を実現するために、現状が本当に治療という観点で望ましい形なのか、当事者を含めた専門機関による再検討を求めたいと思います。
私たちは、精神疾患について正しい情報を広めることについて、協力していきたいと考えています。
令和2年3月25日
日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構
代表理事 内布 智之